神楽坂にあるイタリアンレストラン、カナルカフェ。飯田橋駅から徒歩1分の都心に居ながらにして、お堀の景色を眺めながら本格イタリアンが味わえます。また、野外デッキではBBQやボートもお楽しみいただけます。

東京水上倶楽部のヒストリーをご紹介します。

History

東京水上倶楽部とは

東京水上倶楽部(創業1918年)とは、東京で最初に出来たボート場です。(後に出来た不忍池や井の頭恩賜公園のボート場オープン時にもお手伝いしていたそうです。)1918年当時、東京には都民の為のレクリエーション施設などが無い状況でした。

初代東京市長である後藤新平氏と古川清(オーナーの祖父)が都民の為に何かできないかと考えた結果、外堀を利用したボート場建設を発案するに至りました。この計画の背景には当時の日本人の骨格が欧米人に比べて貧弱であると感じていた二人の思いが中心にあったようです。

しかし、当時は東京市に施設を作る財政は無く、古川清が私財を持ち出し、郷里より船大工を連れて現在の場所(飯田橋)に100艘からの舟を作ったそうです。当時は一度に10人以上も乗れる舟がありました。(皇族の方々にもご利用頂いたそうです)結果、ボート場は市民の憩いの場になっていきました。もちろん、現在でも東京水上倶楽部はボート営業をしております。

大正時代の東京水上倶楽部です。当時は12人から13人乗りの船もありました。


当時の東京水上倶楽部とは

江戸の情緒を残し多くの人々に愛されていました。600メートルに及ぶお堀の周り全体に照明を点け、夜間も営業していました。ラムネやカキ氷などを販売したり、夏には蛍を離し花火を打ち上げ、秋には灯篭流しをしていた様です。

CANAL CAFE

最近になって、残念ながらボートに乗る人が少なくなってしまいました。「都民の憩いの場」であったこの場所を、もう一度多くの方々に利用して頂けるにはと考え、現在の様なレストランバー「CANAL CAFE」をOPENすることに致しました。これからも創業時の思いを忘れる事無く、また海外からのお客様にも東京のなごみの空間を味わって頂ける様にしていきたいと思っております。

現在、浄化活動も進み、2009年6月にはこのお堀で蛍が生まれました。今後も神田川に清流を戻す会の方々と共に、以前の美しいお堀にしていきたいと考えています。

東京水上倶楽部 代表取締役 羽生裕子

東京水上倶楽部 ボート営業案内